氏子である『素サ鳴神社』のうち祭りに参加しました

藤沢地区遠隔地会員で岡山県吉備に在住の「岡田光夫」さんのFacebookより、近況をお届けします。

 

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10月20日は岡山県の3大祭りのひとつの『加茂大祭』がありました。寄宮祭として950年の歴史を誇ります。(始まりは平安時代の1053~1058年頃)寄宮祭は全国的にも珍しく、近郊の8つの神社お神輿を担いで総社宮に集合して、大祭を行います。

10月19日に氏子である『素サ鳴神社』のうち祭りに参加しました。 ※素サ鳴神社の『サ』が携帯辞書に有りません。 生憎の雨の中、神輿準備と直合、境内の渡御を済ませお神輿を神社の神主さんの自宅にトラックで運びました。神輿は今まで藤沢の神輿を沢山見ていましたが、来年から少しでも地元の役に立てるよう、組み方を色々な方に教えて貰いながら進めました。

10月20日は朝6時30分に神主さんの自宅に集合。マイクロバスで移動です。途中で、他の神社のお迎え。(素サ鳴神社は総社宮に行く前に他の神社をお迎えします)そのまま総社宮に移動し境内に入るまで待機です。この間お神輿を練り、祭り気分を盛り上げます。最近は担ぎ手の身長か高くなり、私は台輪を担いでいました。

鴨神社→化気神社→松尾神社→日吉神社→『素サ鳴神社』→八幡宮→天計神社→三所神社の順番で入御します。獅子舞や棒使いがあり、その後神輿が入ります。入御・休憩後、お遊び行事(太刀振り、棒使い、担ぎ獅子)があります。その後、8社の神輿が境内で一斉に担ぎあげられお神輿の高さ比べが行われます。(結構、これがシンドイ)

全ての行事が終わると決められた順序で総社宮を後にします。ちなみに、素サ鳴神社は最後にお立ちします。残念ながら、素サ鳴神社がお立ちする頃は、ギャラリーはほとんどいません。神社に戻ったお神輿は境内を一周し、御霊抜き後ばらされました。

私は昨年に続き2回目の参加でしたが、今年は神輿準備からばらしまで全てに参加しました。色々な方に神輿の組み方・謂れ・歴史等を教えていただきました。来年からは、伝統を引き継ぎ、少しは役にたてるかな?!湘南ドッコイ神輿の他に楽しみが増えました(笑)

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氏子神社のお神輿

総社宮に集合した近郊の神社の8基のお神輿

 

 

 

第44回松愛展に出展

松愛会水彩クラブの「松愛展」が開催されます。当倶楽部に参加されいてる藤沢地区会員の吉元さん・住田さんの作品も展示されます。最終日には吉元さんも会場にいます。多くの方のご来場をお待ちしています。

松愛展/2019

会期:2019年11月26日(火)~12月2日(月)

開催時間:11:00~17:00(初日12:00~ 最終日16:00まで)

主催:松愛会水彩倶楽部「みずえ会」

場所:かなっくホールギャラリーB  ☎045-440-1211

アクセス:http://kanack-hall.info/access/  

JR 東神奈川駅から / 京浜急行 仲木戸駅から連絡橋「かなっくウォーク」徒歩1分

東急東横線 東白楽駅から徒歩10分

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寄稿者:吉元五月男さん

 

仲間と熱海 1泊懇親会

10月5日、仲間8名で熱海 1泊懇親会に行きました。「熱海芸妓見番歌舞練場」鑑賞その後、熱海城散策しホテルへ 。宴会、カラオケと大いに満喫しました。 メンバーは、平田、橋本、飯島、岡村、比留川、尾島、吉元。 (敬称略)
6日は、伊豆山神社参拝、走り湯(源泉70度が100L/分が沸出す)を見学しました 。迫力満点!
幹事の飯島さんに感謝し、再会を約束し別れました。

寄稿者:吉元 五月男さん

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元野球部と元スネールズ(同好会)の合同懇親会

昨年藤沢工場での野球の思い出が懐かしく、メンバーの皆様に会いたくて、沼田監督や松寿会の事務局等に連絡先を確認し、元野球部と元スネールズ(同好会)の合同懇親会を12名参加で開催しました。今年も9月14日(土)に茅ケ崎の串カツ店で15名の参加で開催しました。話題はやはり野球の試合の事が多く、よく飲んで良くしゃべってあっという間の2時間でした。

参加は沼田さん、木村徹さん、鈴木謙さん、酒井憲さん、西野さん、青木さん、宮川さん、板崎さん、酒井信さん、飯島さん 春日井から稗田さん、後藤さん、小橋さん、鈴木政さん、平井です。

昨年出席いただいた神野さんはソフトの試合、長屋さんは息子さんの試合、杉山さんは仕事で今回は欠席でした。また来年も是非会いたいと思います。
寄稿者:平井利文 さん

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2019年9月開催

昨年(2018年11月)開催の写真

 

 

 

 

 

 

 


社内報「FUJISAWA」より1998年から1992年の野球部の記事をピックアップしてみました。

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鳳凰三山登山

青木鉱泉(1100m)から滝を見ながらドンドコ沢コースを登り鳳凰小屋に1泊して鳳凰三山(地蔵岳2764m、観音岳2841m、薬師岳2780m)を縦走し中道コースで青木鉱泉に戻る高低差1741mのコースを登ってきました。1日目は生憎の霧ため滝が見られなかったが2日目は快晴でオベリスクのも登れ、360°の眺望で北岳、間ノ岳、甲斐駒ヶ岳、槍ヶ岳、穂高岳、八ヶ岳、富士山などが見れました。

寄稿者:田波さん (2019年9月13・14日)

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◆一日目:青木鉱泉(1100m)から鳳凰小屋

◆二日目:鳳凰小屋から鳳凰三山縦走し青木鉱泉へ

◆登山道で見かけた花々

◆コースマップ

 

三人組の登山日記

北アルプスの女王「燕岳(2696m)」に三人組で挑戦しました!!

8月25、26日で北アルプスの女王と言われる燕岳に登ってきました。2日間とも快晴に恵まれ、待望のイルカ岩を始め、雷鳥親子、ブロッケン現象、雲海、ご来光と盛りだくさんの経験ができました。

寄稿者:田波

 

「がんばっています」シリーズ

第3弾》社内報「FUJISAWA」1995年版の「がんばっています」コーナーより

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北海道キャンプツーリング紀行(Ⅴ)

●北海道のパノラマ絶景は開拓と火山で作られていた

 

5. 北海道キャンプツーリング記録

◆北海道ツ-リングは爽快

青い空の下の道、まっすぐ伸びる広い道、そして左右には、広大な牧場、原野、農場が広がる。そんな中をバイクで走るのは爽快!

気持ちよくないはずはない。しかしツーリング日の半分は、霧雨と寒さとの中での移動。あらかじめ寒さの想定していたのですが、長時間の移動は、本当に厳しかったです。出会うバイクツーリストは意外と少なく、6月という時期もあり、年中日曜日の世代が中心なのでしょう。道内ではツーリスト(オートバイ、自転車)とすれ違う時、互いに手を挙げて挨拶を掛け合います。初めのころは手を挙げるタイミングで躊躇していましたが、だんだんと自然にまた楽しく手を挙げて挨拶を交わすようになって行きました。

一日の移動距離は、長くて約250km。これに要する移動時間は5時間程度です。すべて下道移動ですが、信号、交通量が少ないということで平均50km/hの移動スピードが確保でき、目的地までまっすぐに道が伸びているということで意外と早く目的地に到着できました。(昨年実施した信州のキャンプツーリング下道移動の平均速度は信号ストップ、渋滞等で約35km/h、道もくねくねとし、移動距離は稼げなかった。) キャンプ目的地にはお昼過ぎには到着し、周辺散策、テント設営等を行って、4時過ぎにはテントに籠っていました。

◆北海道のキャンプは快適・安い

 北海道では14泊キャンプしました。今回キャンプ候補地は事前に選定しておき、天候、コースに応じて、その候補地のどれかに向かい、すべて飛び込みで利用しました。キャンプ候補地選定は「①人里離れた山の中は避ける(ヒグマに会いたくない)」「②近くにお風呂施設があるところ」「③ランドリー設備があるとなおよい」「④500円前後と安い・無料できれいであれば、なお良い」などの基準でリストアップしておきました。北海道にはキャンプ場料金が500円/泊、あるいは無料というキャンプ場がたくさんあります。そしていずれも芝生が美しく快適で、整った設備と申し分ありません。サマーシーズン前の6月ということで、キャンプ利用者が少なく、土曜日を除き多くのキャンプ場は、ソロキャンプか、広大なキャンプ場に数人という状態でした。ファミリーキャンプ、若者のキャンプの騒音で夜遅くまで悩まされることはなく快適でした。しかし、人里に比較的近いキャンプ場であっても、ところにより「熊対策として電気柵を設けました!」「熊が目撃されたことがある貼紙」「トイレに熊にあった場合の対応方法の貼紙」と、肉食獣ヒグマについて気を抜けない情報が満載でした。

 夜は持参した温度計値で10℃ぐらいに下がる日が何日かありました。でもテントの中は多少暖かく、夕方4時ぐらいからテント内で調理・ビールタイム・食事・行程検討で時間を潰し、夜8時(まだ薄暗い)には、厚着をして寝袋の中へもぐりこみました。持参しているコット(簡易ベット)と空気マットで地面からの冷気を遮断したので就寝中寒さが堪えられない、ということはなかったです。多少寒いぐらいがよく寝れたのかな。朝3時(もう薄明るい)にトイレタイム と二度寝をし、朝5時行動開始(朝食・荷物パック、テント片付け、バイク積載) 7時過ぎに出発する、とうのが日課でした。

「1. 遥かなる大地の懐へ」編は⇒こちら

「2. 自然と開拓の厳しさを垣間見た大地の果てへ」編は⇒こちら

「3. 多様な自然を見せる大地で」編は⇒こちら

「4. 自然と和人の営みの歴史が見えた渡島(おしま)半島」⇒こちら

凸凹三人組登山日記

716日〜17日にかけ「後立山連峰の唐松岳」に年寄り三人組が挑戦しました。しかし天候に恵まれず、途中の八方池にて引き返し、次の日は快晴の上高地を久しぶりに散策してウオークを楽しんできました。雨のお陰で白馬コルチナホテルに宿泊でき「美人の湯」で10歳若返りました。

寄稿者:橋本(宗)さん

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北海道キャンプツーリング紀行(Ⅳ)

●北海道のパノラマ絶景は開拓と火山で作られていた。

4. 自然と和人の営みの歴史が見えた渡島(おしま)半島

◆激しい火山活動で造られている渡島半島

 苫小牧から支笏湖、有珠山、洞爺湖へと、渡島半島方面へ進みました。太平洋プレートが日本海溝で沈み込む時に生み出されたマグマが上昇してできた、北は利尻島から、南は赤城山、浅間山と続く東日本火山帯、渡島半島にその火山帯の火山やカルデラが密集しています。渡島半島をGoogleMapの航空写真等で見ると、いくつもの火山、カルデラ地形、火口湖が見られます。そのいくつかに訪れました。

・今も活発な火山活動をする有珠山、その有珠山ロープウェイで登った中腹から見下ろした昭和新山の迫力。2000年洞爺湖温泉街に近い有珠山山麓で発生した噴火口の生々しさと、その時一帯の隆起活動でねじれて大きく傾いた町道

・きれいな火山の山容を見せる羊蹄山

・かつては富士山、羊蹄山と同様な姿をしていただろう、しかし猛烈な噴火で山体が変わってしまった駒ヶ岳。駒ヶ岳を南側から見た姿からは想像できなかった、北側の凄まじい噴火の跡

・旅の終盤に立ち寄った登別温泉地獄谷の異様な姿、川面からは湯気が立ち上がっている火口湖大湯沼から流れ出す川

・苫小牧の北西にある異様な形状の三重ドームを持つ樽前山とその広大なすそ野に広がる樹林

数十キロの範囲に火山地形が密集する渡島半島、改めて火山国日本を感じました。しかし見落としてはいけないのは、北海道の形で特徴的な大きな弧を持つ「内浦湾」はカルデラなの? ということ。長万部を移動中、標識には「噴火湾」と明記されているのを多く見かけました。私もここに巨大なカルデラがあったのだろうという理解をしていました。後で調べると、ここには噴火地層がないということから、単に丸い湾、「内浦湾」が正しい、と知りました。

◆北海道で初めて和人の風土を感じた松前藩の地、函館へ

 渡島半島を南に下り函館に入ると、それまでの北海道紀行では感じなかった和人の歴史・風土を感じるようになりました。松前藩が蝦夷に領地を持つようになったのが江戸時代の初め頃から。お寺、神社の風格や棟数、街の家の作りが日本的というか、本州的となり、お墓の規模一つにも年月の流れを見て取ることができました。今まで見てきた北海道的な風景ではなく、日本的な見慣れた風景と言えます。松前藩の時代、北には和人が一冬さえも超すことができない広大で未開の蝦夷の地が広がり、そこは和人にとっての空白地帯だったのです。その空白地に列強やロシアが侵入することを懸念し、徳川幕府は仙台藩などの東北の藩に蝦夷の地の警備をさせていた。しかし本格的な和人の蝦夷への進出は、明治の時代が始まり函館戦争が終結した後であります。明治維新で禄を失った士族達が藩ごとに入植、士族中心とした屯田兵による開拓。そして網走の話で前述した収監所、後の監獄・刑務所の囚人達によるインフラ・道路整備、会社・結社による入植開拓と続き、皇族御料地や国有地の払い下げ、地方の町ごとの入植と、100年という短い期間に一気に松前の地から、大地の奥へと開拓が北海道内へ広がっていった。和人の風土を、300年、400年と和人の歴史がある函館に来てようやく感じたのも、また他の地ではあまり感じなかったのも、大きな時間の差があるから当然です。

渡島半島の西側にある小さな魚港の町、乙部町。ここの漁港に「北海道が始まった地」という碑が建っていました。函館戦争時五稜郭に立てこもる旧幕府軍を討伐するために、官軍の戦艦が乙部沖合に停泊し、上陸、函館の町・五稜郭へ向かったと記載されていました。この後、蝦夷は新政府により北海道と命名され開拓が始まったことを受け、「北海道が始まった地」と記録したとのこと。

◆溶岩性の切り立った崖が続く追分ソーランラインを北上 

日本海沿いに北上するニシンを追って行われたニシン漁で繁栄した、という共通の文化を有する地域が松前から留萌へと伸びています。その地域を結んでニシン街道と呼ばれています。今回は函館から乙部町で日本海側に出て、海岸線を岩内まで走りました。北海道の民謡『江差追分』、『ソーラン節』発祥の地でもあることから、「追分ソーランライン」とも言われています。ニシンといい、ソーラン節といい日本海的なイメージが湧いてきますが、道は花崗岩の大きな岩壁や、柱状列柱が見事な崖、また溶岩性のごつごつの岩肌と岩の屋外博物館のような景色が延々と続きます。はるかな岬を回ると、小さな町、漁港と現れては消えてゆくという繰り返し。途中海岸の浜のキャンプ場で見た、落日夕日は素晴らしかったです。

◆インバウンド繁栄ニセコ、でも雪がないニセコは、なぜか寂しい、日本の高原に戻っていました

岩内の海岸線から、洞爺湖まで結ぶニセコパノラマラインという峠道を走り、ニセコの高原を目指します。峠には神仙沼という山岳湖沼があります。峠の駐車場から、林に設けられた遊歩道を1km程進むと視界が開け、木道が設けられた湖沼にたどり着きます。残雪が残る峰と、小さな花が咲く大小の湖沼が、見事な景色を見せてくれました。峠を下りニセコの町へ。羊蹄山がどこからでも美しく見えるニセコ町、倶知安町、京極町といくつかの町を通過。冬季は上質な雪が積もり極上のスキーエリアとなる一帯で、高級国際リゾート地、日本にして日本にあらずの地、しかし訪れた6月中旬のニセコは、人の訪れが途絶えて寂しさがただよい、ここは日本のどこにでもある、少しブームが去った高原に戻っていました。

◆さあ、明日はフェリーで北海道を離れる日、でもフェリー欠航メールが届く

北海道と関東の天気予報をにらめっこして2日前に土曜夕方のフェリー便を予約していたのですが、九州東海と北上している低気圧の影響で、フェリーは欠航。欠航日から2日後までフェリーが出なくなってしまい、北海道ツーリング行程に、2日の空白日が生じてしまった。この2日間は当然北海道の天気も不安定であり、長距離移動、テント泊も厳しいということで、フェリーに乗る苫小牧に近い白老の町にあるゲストハウスに2泊することにしました。京極町から洞爺湖町と南下し、海沿いに伊達町、室蘭と霧雨の中を進みました。フェリーが予定通り動くならば、大回りとなるため通らなかった道です。これも旅の楽しみと、霧雨の中を室蘭港・白鳥大橋、地球岬と回り、苫小牧方面に前進しました。翌日は路線バスで登別温泉地獄谷と温泉に行ったり、翌々日は「熊出没注意」看板に慄きながら樽前山の7合目まで登ったりと「北海道ツーリングおまけ」を楽しみました。北海道上陸18日目の夕方、苫小牧港から大洗に向かうフェリーに乗船し、「北海道キャンプツーリング」を終えました。

北海道のパノラマ絶景を堪能、そしてちょっと青春を感じた北海道キャンプツーリングでした。

「1. 遥かなる大地の懐へ」編は⇒こちら

「2. 自然と開拓の厳しさを垣間見た大地の果てへ」編は⇒こちら

「3. 多様な自然を見せる大地で」編は⇒こちら

「5. 北海道キャンプツーリング記録」編は⇒こちら